2018年1月28日日曜日

ノルウェイの森

10年ほど前だったか、別のブログをやっていた時にその作家の文体をまねて、半分ジョークとしてレビューを書くのに凝っていたことがありました(谷崎とか太宰とか)。
今回は、村上春樹の「ノルウェイの森」の文体を真似しつつ書いた読書感想文(レビュー)を掲載してみます。別に今さらあの有名な小説のレビューを読んでいただくのが目的ではなく、主人公が直子と散策した阿美寮のイメージの写真があっただけなんですけどね。ま、そういうことで。
ただ、昔書いたこのレビューは無駄に長いと思うので、暇な人だけどうぞ。どうしても読む人は、ジョークとしてとらえてくださいね。
「阿美寮の静寂」


「ノルウェイの森 レビュー」

昔々、といってもせいぜい二十年ちょっと前のことなのだけれど、僕はある学生向けのアパートに住んでいた。僕は十八で、大学に入ったばかりだった。僕は一人暮らしをするのなんて初めてだったので、親が心配してそのアパートを見つけてきてくれたのだ。そこならば世間知らずの十八の少年でもなんとか生きていけるだろうと思ったようだ。 
そのアパートは見晴らしの良い高台にあり、高速道路がすぐ傍を走っており、住み始めたばかりのころは車の走る音が気になったもののすぐに慣れた。第一僕は結局のところ、住むところなんてどこだっていいやと思っていたのだ。 


「ノルウェイの森」を読むと、その当時の初めて一人暮らしを始めた晴れ晴れしく大きく開けたような未来を見ていた気分を思い出す。二十年以上という歳月が過ぎ去ってしまった今でも、僕はあの部屋からの風景をはっきりと思い出すことが出来る。そして、その当時僕の傍に寄り添っていた彼女も。 
記憶と言うのはなんだか不思議なものだ。その中に実際に身を置いていたとき、僕はそんな風景に殆ど注意なんて払わなかった。とくに印象的な風景だとも思わなかったし、二十年以上経ってからもその風景を細部まで覚えているかもしれないとは考えもしなかった。僕は僕自身のことを考え、いつも側に寄り添っていた彼女のことを考えていた。 


この本を読み返すと、もうひとつの鮮明に思い出してしまう情景がある。彼女はその当時、僕と同じ大学の女子学生寮に住んでいたのだが、年に一度の10月に催される寮のお祭りの日だけはその寮が男子学生にも解放され、その女子寮の中に入ることが許されていたのだ。その日僕は彼女に導かれて女子寮の冷たいリノリウムの階段を3階まで上がり、306という番号のある彼女の部屋のドアを開けた。そこは2年先輩の女性と一緒に暮らす2人部屋で、8畳ほどの部屋の両端にベッドが2つ離れて置いてあり、真ん中には2人を仕切る薄いカーテンがあった。その部屋には、僕が訪ねたときに同居の先輩はいなかった。 
僕の彼女の机には英語と中国語の辞書があり、十数冊の文学小説が整然と並べられていて、その中のひとつの文庫本が机の上に伏せて置いてあった。シンプルで感じの良い部屋で、余分な飾りつけもなかった。とくに何がどうというのではないのだが、部屋の中にいると自分の部屋にいる時と同じ様に、体の力を抜いてくつろぐことが出来た。 


「ねえ、私ここで見ちゃったの」とふいに彼女は少し恥ずかしそうにそう切り出した。 
「私、そこに寝ていた先輩が自分で下半身を触っているのを見ちゃったの」 
「下半身を?」と突然の話題に僕は思わず訊き返した。 
「でも、真ん中に仕切るカーテンがあるじゃないか」 
「その夜はそのカーテンが半分開いていたの。彼女の下半身だけが見えてたわ。私が夜中に寝ていたら、少し、ねえ。その雰囲気って分かるじゃない? ねえ。私、こんなこと言うの、すごく恥ずかしいのよ。分かってくれるわよね?」彼女は手に持った文庫本にしおりを挟みながら言った。 
「わかってるよ、もちろん」と言いながら僕は先を促した。 
「彼女は指を自分の下半身に沿わせてゆっくりと動かしていたの。もちろん彼女は声を殺してはいたけど、何となく分かっちゃうわよね。私、一部始終を見ちゃったわ。何だか不思議なものね。人のそんなのを見るなんて、ね」 
「もしかして、それを見て興奮したの?」と僕は笑って言った。 
「馬鹿ね。女同士よ。そんなことあるわけないじゃない」 
彼女は立ち上がり、 
「ねえ、この寮って屋上に上がれるの。上がってみない?」と言った。 
屋上に出る扉は開いていた。特にこれといった特徴の無いがらんとした屋上で、周りには柵があり、屋上の真ん中の物干し台には5枚の大きなシーツが広げて干してあった。目の前には人文学部の棟を見下ろし、少し遠くには大学のグラウンドで野球をやっている学生たちを見ることも出来た。10月の空は青く澄み切っており、それは筋状の雲と共に冷たい秋の訪れを僕たちに告げていた。一つだけサルが口を開けたような雲が浮かんでいて僕らを見下ろしていたが、彼はまるで何かに対して強い怒りを感じているように見えた。 

近くにある森からの風が屋上に干されたシーツを乾かし、ゆれるシーツは洗濯物が乾く独特の匂いをあたりに振りまいていた。彼女は柵にもたれかかって何もしゃべらなくなっていた。彼女の長い髪に透けて、獣医学科で飼われているかわいそうな犬を見ることができた。 

今回僕は二十年ぶりにこの「ノルウェイの森」を読みたくなって、手元になかったのでわざわざ買って読み返してみた。そして不思議なことに読みながら鮮明に思い出すのはこの屋上のことだった。

僕が初めてこの小説を読んだのは、僕がこの物語の主人公とほぼ同い年で、この付き合っていた彼女と登場人物のミドリとを重ね合わせていた。彼女が本当にミドリと同じ様な雰囲気だったからだ。それだけに暗い佇まいをみせる直子というガールフレンドに感情移入することができず、当時は陰鬱な印象だけしか僕に与えなかった小説だったと思う。村上春樹のなかではあまり面白くない小説として分類していたように思う。 
しかし、今回読み返したのは、僕が奇しくもこれを書いた当時の村上春樹とほぼ同い年となってからだった。初めて読んだときの印象とは全く異なり、直子が登場するシーンでこの物語は大きく躍動したのだった。直子が登場する場面の描写はことごとく、まるでジェットコースターのようにうねり、急降下し、僕の胸に迫った。そして、そのラストシーンは激しく僕を揺り動かした。 

これは世の純愛文学の中で最も優れる小説のひとつではないのだろうか。
村上春樹の本の中では一番再読を薦めたい。昔とは全く異なる印象を読者に与えることになるものと、僕は信じている。 

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