春の嵐が去った本日、横須賀まで行き戦艦三笠に乗艦してきた。
戦艦三笠といえば、日露戦争の最終段階においてロシアの38隻編成のバルチック艦隊を撃破した日本連合艦隊の旗艦である。つまり、日本をギリギリの段階で守った守護神と言っても過言ではなかろう。もしも日本が日露戦争に負けていたら、日本はロシアの植民地とまでは行かなくても、主要な港は租借され、少なくとも対馬そして最悪の場合は北海道をロシア領とされていたであろう。
ここ、三笠公園では、東郷平八郎司令長官がまずは出迎えてくれる。
本日、天気晴朗なれども波高し
良い天気だ~。あたしゃホント晴れ男だよ。
下の砲弾が、あの有名な下瀬火薬を搭載した主砲弾。真ん中が鍛鋼榴弾、左が徹甲榴弾。下瀬火薬は燃焼力がその当時想像を超えた高さであり、命中すればその艦上を火だるまにして戦闘力を奪ってしまえるほどの効果を発揮したらしい。まずはこの鍛鋼榴弾で敵艦を火だるまにして、そして徹甲榴弾で甲板を貫いて沈没させるというための違いだ。敵艦にとってはたまったもんではない武器だが、これがひとつの勝因ともなっている。
打ち方にも工夫があった。バルチック艦隊は砲手がそれぞれ打つもんだから、自分の弾がどこに落ちたか分からない。しかし、日本艦隊は各艦の測距手が撃つ距離を決め、全ての砲手にその距離を伝えて一斉に射撃したようだ。だから日本側が撃った弾は1本のライン状になって飛んでいき、バルチック艦隊の先頭に位置する戦艦の上に雨あられのごとく降り注ぐことになった。そして、旗艦スワロフ、次にオスラービアが火だるまになって戦列を離れていくことになる。
ちなみに、この主砲弾はロシア側からはチェダモン(鞄)と呼ばれて恐れられたそうだ。薪を放り投げたような細長いものが静かに飛んできて、当たれば辺りの構造物や人をなぎ倒して火だるまにしたからだそう。
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