でもまあ、比較的その大転換をスムーズに移行できたのは、英語だけはかなり得意だったからみたいです。また、
「本来は経済学部に行きたかったのだ!」
と気づいた娘にとって、これまでまじめに取り組んできた数学受験ができるというのも大きかった。つまり、新しく受験用に取り組むのは国語と小論文だけで良い、ということになります。
(今回、お子さんなどの大学受験に興味ある方だけご覧ください。写真に関するブログという内容からは逸脱してます)
娘はまじめな性格をしているので、勉強をやるとなったら本気でやる性格で、この1年それなりの勉強量をこなしてきました。食事とお風呂以外は常に勉強をしており、夜12時に寝ると、部屋の前には
「朝4時に起こしてください」
と早起きの妻に向けた置手紙があることもしょっちゅう。
これだけの頑張りを見ると、親としてつらいし、万一今年もダメだったらどうしよう、という言葉にできない恐怖を感じるものです。これだけやって(これ以上やれないほどやって)、もしもダメだったら、
「私は努力が報われない人間なんだ」
という、決定的な人生の敗北感を感じることは必至で、精神的ダメージからもはや「2浪させて欲しい」という気力は奮い立たないだろうな、ということは容易に想像できるのです。
だから、滑り止めの学校はしっかり受験しろ、と伝えました。絶対に安全な学校を少なくとも一つは受かっておかなければなりません。
しかし!!
彼女が滑り止めとして設定した大学は不合格でした。滑り止めを滑るって、どうなのよ、と。
あとでよく見ると、その大学はMARCHでないというだけで、普通に偏差値60近いMARCHに次ぐような大学。そうか、そこを滑り止めにしたんだな(模試ではA判定だったらしいのだが)・・・
残るはMARCH以上のみ・・・・・・・
普通にやばくね?
この文章を書いていると、あの2月中旬の頃のものすごい緊迫感がよみがえってきます。滑り止めがNGならば、MARCHでの合格なんて相当難しい、ということが容易に想像できます。
そうしているうちに、次々とMARCHの不合格という発表がなされていきます。あの頃、仕事をしていても僕は呆然としていたことを思い出します。娘の、これ以上できない、というほどの頑張りを見てきただけに、泣けてきそうになるんですよね。
ところが、娘は意外に淡々と受験を進めていきます。まあ、どこか受かるんじゃないか、という漠然とした自信はあったようです。若いってすごい。
MARCHの中では比較的受かりやすいとされる(されていた)学科の大学の合格発表の日。これがダメならかなりまずい、と震えるような気分で帰宅しました。家に帰るとその日の受験が終わった娘は寝ています。
合格ならば起きていて報告するだろうと思っていたので、真っ青になって落胆しました。その学科の受験者数は改めてふたを開けてみると、募集定員135名のところに2700名!!が受験したようです。
こりゃ・・・・だめだ・・・・・何が比較的受かりやすい、だよ。
後で分かったのですが、その大学は今年大人気で、全国的に見ても猛烈に受験者数を伸ばした大学の一つだったそうです。
こんな感じの日常だったので、そりゃあブログの更新も滞りますよね。
その夜、やおら起き上がってきた娘が僕のパソコン部屋に入って来て、
「あ、お父さん、あの大学通ったわ・・・」
!!!!
二人、抱き合って喜びました。さすがにうれしかったですね。今振り返ってみても、あの時が一番うれしかった瞬間かもしれません。
「よくやったなあ。お父さんはお前を本当に誇りに思うぞ。」
そういって、頭をくしゃくしゃに撫でてやりました。
実を言うと、結局娘はその後受かることになる準本命だった別の大学の経済学部に行くことを選択するので、その大学は辞退させていただきました。でも、娘を受け入れてくれることを真っ先に表明してくれたあの大学には特別な思いを抱くことになっています。
箱根駅伝ファンの娘も、
「あの大学のことも今後は応援するわ」
と言ってます。
まだ100%全てが決まったわけではないので、今日のところはこのぐらいで。確実に決まったらまた報告しますが、応援していただいている皆さん、ありがとうございます。
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ちなみに、ランキングでの題名は、「どうして、ペンタのレンズは凄い写真が撮れるのか?」です。
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